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今夜の番組チェック

生きる喜びを歌に託す

二十人も入れば、満員となる東京都内のライブハウス。客のわずか二、三メートル前に歌手は立つ。フランスの流行歌であるシャンソン、イタリアの流行歌、カンツォーネの数々をピアノ伴奏で歌う。

観客の歓声、ため息、拍手、水割りの氷が解ける音。さまざまな「音」がないまぜになって、その日のステージがつくられていく。「ライブという劇場を作ってくれるのはお客さん。どの曲を選び、どんなふうに歌うか、会場の空気や反応で私の歌は決まっていく。それが楽しい。」とライブの魅力を語る。

シャンソン、カンツォーネを専門とする歌い手の存在はあまり知られていないが、青木さんは実力派として熱烈なファンを持つ。情熱的でパワフルな歌から心にしみ入るバラードまで、多彩な表現力に対する評価は高い。クラシックからポピュラーの世界に転向した異色のシンガーでもある。

いわき市の泉中から茨城県の茨城キリスト教学園高に進んだ。洗足学園音大声楽科を卒業後、プロの声楽家で組織する二期会に加わり研究生として3年間、学んだ。
しかし、音大を出た多くの若い音楽家が壁にぶつかるように、バラ色の人生が待っていたわけではなかった。オペラ出演や声楽のコンサートは定期的にあったが、実質は無収入。海外留学の夢も経済的な理由で断念した。

ミュージカルのオーディションに片っ端から応募し数をこなしたが、安定した収入にはつながらず子供達にピアノを教える音楽講師として生計を立てた。

三十歳のころ、横浜の高級クラブで弾き語りのアルバイトもした。客のリクエストは多くが演歌。クラシック流のソプラノで歌って失笑をかった。ハスキーな地声で歌ってみた。「こぶしがよく回るのよね。わたし自身、驚いた。

声の美しさを追い求めるクラシックの歌唱に、向き、不向きを感じるようになったのもこのころ。ラジオでふと耳にした金子由香利のシャンソンが転機となる。
つぶやくような、ささやくような歌い方と詩の奥深さに圧倒され気がついたら泣いていた」と振り返る。

本名の福喜をFUKIに変え、今の世界に軸足を移していった。「シャンソンもカンツォーネも日本の演歌と一緒。大切なのはハート。」と音楽観を語る。「枯葉」「王様の牢屋」「愛遥かに」日本語に訳された名曲には人生の機微が集約されている。

そして、歌には彼女が歩んできたあかしが投影される。すさんだ家庭環境の中、つらい少女時代を送った。激しい恋もした。「これから結婚する自信はないけど、そうね、歌のために恋愛だけはしていたい

二枚のCDを出しているが、活動の中心はあくまでもライブ。たとえ、十人しか集まらないコンサートでも希望があれば地方に出かける。三年ぶりとなる本格的なコンサートを来年、都内で計画している。

ライブは出会いの場でもある。根っから歌が好きな人、一日の憂さを晴らしたい人、悩みを抱えている人・・・、さまざまな人たちが心をときめかせながら店のドアを開ける。

感動してもらえた時が一番うれしい。聴く人に生きるエネルギーを与えることができる、そんな歌手であり続けたい」おおらかで気さくな人柄、それは「歌だけが名刺」というプロ意識に支えられている。

聴く人に感動プレゼント

指導にも情熱

 青木さんはシャンソン、カンツォーネに関心を持つ中高年や歌手を目指す後進の指導、育成にも情熱を燃やしている。

池袋の西武百貨店が主催しているカルチャー教室と広尾にある俳優学校で歌唱指導に当たっている。来年4月からは世田谷区玉川の高島屋のカルチャー教室でも教える。

防音設備を施した自宅には、20人がレッスンに訪れる。受講者の一人、立石恭子さん(都内国分寺市)は「先生はクラシック出身だけに、ボイストレーニングが素晴らしい。技術を惜しみなく与えてくださるので、勉強の励みになる」と話している。

文:福島民報東京支社 荒木英幸 平成12年12月18日紙面より